ゲノム編集マウス1年のデータ/Cas9の問題点など(2019年最新論文)

ニュース/レビュー

デュシェンヌ型筋ジストロフィーDMD)のモデルマウスにゲノム編集ツール(CRISPR/Cas9)を使って遺伝子治療を試み1年間にどんな変化が起きたかを調査した報告です。

この研究はデューク大学が進め、最新研究がプレスリリース(英文)されましたので、このサイトで翻訳して紹介させていただきます。

ニュースタイトル「CRISPR治療はマウスに長期的な利益」

デューク大学の研究者らは、CRISPRゲノム編集技術を用いた1回の全身治療によって、遺伝病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーDMDの遺伝子変異を安全に修正できることを示しました。この研究は疾患モデルマウスを用いたもので、免疫応答や設計外の遺伝子の編集が起きていたものの、一年以上に渡る効果が見られました。

この研究は2月18日に Nature Medicine 誌に発表されました。

2016年、デューク大学生物医科工学のCharles Gersbach准教授は、ヒトでの治療法に応用可能な戦略として、遺伝病の動物モデルを治療するためにCRISPR法を使用した最初の成功例を発表しました。それ以来多くの類似例が発表されており、現在続々とヒトの疾患を標的としたいくつかのゲノム編集療法の臨床試験が行われています。

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)とは

イメージ画像(出典:adamteplによるPixabayからの画像)


 

Gersbach准教授の最新の研究は、DMDのマウスモデルに焦点を当てています。DMDは筋線維の内部を周囲の支持構造につなぎとめる長い構造を持つタンパク質、ジストロフィンを産生できないことによって引き起こされます。ジストロフィン遺伝子は、79個のタンパク質コード領域(エクソン)に分割された構造をとっています。遺伝した突然変異によって、1つ以上のエクソンが破損または削除されると、ジストロフィンの鎖が構築されず、筋肉は徐々に細断され劣化します。ほとんどの患者は10歳までに車椅子を必要とするようになり、20代から30代前半までしか生存できません。

Gersbach准教授は、2009年以来デュシェンヌ型の遺伝子治療法開発に取り組んでいます。彼の研究室は、CRISPR/Cas9に注目した最初の研究室の1つでした。CRISPR/Cas9は、細菌が、侵入したウイルスDNAに結合して切断する防御システムを応用した方法です。彼の方法は、CRISPR/Cas9を使用して、遺伝子変異のある場所の周辺のジストロフィンエクソンを切り取り、身体に備わるDNA修復システムによって残りのジストロフィン遺伝子を繋げるというものです。その結果、短くなっているものの、機能的な改変ジストロフィン遺伝子が出来上がります。

「CRISPR法を用いた遺伝子治療法の開発を続けるには、我々の仮定を検証し、このアプローチのすべての側面を厳密に評価することが重要です。私たちの実験の目的は、この分野で議論されているいくつかの考えを検証することです。遺伝病、特にデュシェンヌ型筋ジストロフィーを治療するためのCRISPRの可能性を理解するのに役立つものになるでしょう。検証には、細菌のCas9タンパク質に対する潜在的な免疫応答について、長期に監視することも含まれています

最初の8週間の結果では、ジストロフィンの機能が回復し、筋力が増加したことが示されました。しかし、治療効果が長期に渡って見られるかは不明です。

「遺伝子編集は永久的な遺伝子修正につながると考えられていますが、編集した細胞が失われたり、免疫応答によって遺伝子編集の効果が減弱する可能性を、理論的に探求することが重要です」

CRISPR/Cas9遺伝子編集の問題点

新しい研究の目的は、CRISPR/Cas9ベースの遺伝子編集の、長期的な効果に影響を与え得る要因を探ることでした。

研究を指揮した、Gersbach研究室のChristopher Nelson博士研究員は、欠陥のあるジストロフィン遺伝子を持つマウスの、新生児と成体の両者に、1回量のCRISPR療法を静脈内投与しました。

翌年に渡り、研究者らは遺伝子編集が起った筋肉細胞の数、どのような遺伝子編集が起きたかを計測しました。

同時に、ゲノムを切断する「ハサミ」として機能するCas9タンパク質に対する免疫応答についても計測しました。

他の研究ではCas9に対するマウス免疫応答が起こる可能性があることを報告しており、このことはCRISPR治療法の問題となり得るものです。

いくつかのグループはまた、おそらく宿主細菌に過去に曝露しているために、Cas9タンパク質に対する免疫を有する人々がいると報告しています。

結果

マウス(出典:Free-PhotosによるPixabayからの画像)


Nelson博士研究員は、次のように述べています。
喜ばしい結果としては、Cas9に対する抗体とT細胞反応の両方が観察されたにも関わらず、これらはマウスには毒性を生じさせていないようだったこと、また、ジストロフィン遺伝子の編集と、長期のタンパク質発現に対しても、妨害するものではなかったことです」

これらの結果はまた、今後の課題に対処するためのアプローチを示唆しています。例えば、免疫系が完全に発達していない2日齢のマウスに静脈内投与を行った場合、免疫反応は検出されずゲノム編集は一年に渡って持続し、中には増加したケースも見られました。このことから、不要な免疫反応を回避または調整する方法として、乳児に治療を施すことが有効と考えられます。

Gersbach准教授とNelson博士は、マウスの免疫システムは人間の免疫システムとはまったく異なる機能を果たすことが多いことを認めています。また、DMDの新生児スクリーニングは現在広く行われてはおらず、3歳から5歳のときにDMDと診断されることがほとんどです。この課題に対して、Gersbach准教授は、治療中に免疫系を抑制することが実行可能なアプローチかもしれないと述べています。また、免疫系への曝露を減らす目的で、Cas9の発現や導入を、短期間、筋細胞のみに限定する方法が有効な手立てとして検討されています。

Nelson博士は「すべてのマウスで治療後の一年間、順調に機能していたことは嬉しく思いますが、より大型の動物モデルに移行するには、免疫反応にもっと焦点を当てる必要があります」と述べています。

Gersbach准教授とNelson博士は、以前にCRISPR/Cas9によって、ゲノム上の他の部位を編集してしまうオフターゲット編集が起こる可能性を調べていますが、オフターゲット編集が疑われる最小限の活性しか報告されていませんでした。一方、編集の位置は正しいものの、意図したものとは異なる編集が起こるという報告が、最近発表されています。

例えば、意図したよりもはるかに大きい領域の遺伝子が切り取られる、DNAの断片が切断部位に埋め込まれる、といった可能性が示唆されています。これまでは、設計通りの編集が起きているかどうかを調べる方法しか用いられていなかったために、異なるタイプの編集が起きていることが報告されることはなかったのです。

DNA断片の挿入が検出される

イメージ画像(出典:Gerd AltmannによるPixabayからの画像)


ジストロフィン遺伝子で発生するすべての編集を包括的にマッピングするために、Nelson准教授はあらゆる種類の編集をDNA配列決定による解析を行いました。驚いたことに、設計通り標的とするエクソンの切除が起きている以外に、CRISPR/Cas9システムで導入に使用されたDNA断片が多く挿入されているパターンなど様々な編集が起きていることがわかりました。

(導入した)組織の種類や、投与されたCRISPRの量にもよりますが、オンターゲット編集の半分ほどが別の遺伝子配列の変化が検出されました。驚くべき結果ではありますが、意図しない配列の変更はDMDに対するこのCRISPR/Cas9遺伝子編集治療法の安全性または有効性に影響を与えないようです。

Nelson博士は次のように述べています。

「今回のケースでは、そもそものジストロフィン遺伝子が機能不全であるため、意図しない遺伝子の変更があっても特に心配する必要はありません。そうは言っても、意図しない結果は、達成しようとしている遺伝子編集の効率を下げることも考えられます。今後、意図しない編集を客観的に検出し、減少させる方法を設計することが重要になります」

またGersbach准教授は、

「これまでの研究で、このような他の種類の編集が行われる可能性があることは示唆されていました。ですが、治療法に関連した動物モデルを用いてこれらの現象を包括的に測定した例はあまりありません。今後、この現象を注意深く監視し、よりよく理解する必要があります。これらの不測の編集を避け、設計した通りの編集の頻度を増やす方法は、治療法としてのゲノム編集の可能性を最大化するための重要なものになるでしょう」と話しています。

ーーー 翻訳ここまで ーーー


引用ニュース & 引用文献

🔵 英語ニュース:Single CRISPR Treatment Provides Long-Term Benefits in MiceAPnews )

🔵 原著論文 : Long-term evaluation of AAV-CRISPR genome editing for Duchenne muscular dystrophy (Nature Medicine 25, 427–432 (2019) )

ゲノム編集(CRISPR)関連の書籍

Seigoの追記

ニュースのタイトルは意味がよく分かりませんでしたが、原著論文 Nature Medicine のタイトルは「デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するAAV-CRISPRゲノム編集の長期評価」です。

上記のプレスリリースでは書いてありませんでしたが、遺伝子を入れるのにアデノ随伴ウイルス(AAV)を使ってました。AAVにジストロフィン遺伝子を切断するCRISPR/Cas9を仕込んであるわけです。

この遺伝子治療がうまくいく可能性が高いのは、遺伝子の交換は必要なく、悪い部分(エキソンの変異)を切り取ってしまえば(完全な遺伝子はできないものの)いいわけで、とりあえず機能するジストロフィンが筋肉を支えてくれることが前の研究で分かっています。

気になる免疫反応ですが、CRISPR/Cas9対する免疫原性は検出されたものの胎児のマウスに導入した場合はそれほど問題にならなかったようです。
ただ、マウスの免疫システムは人間とはまったく異なるとわざわざ書いてあるところから、人に応用した場合この免疫原性が問題となる可能性があることを執筆者たちが心配していることがうかがえます。

しかし、ぜひ1つ1つ問題を解決して前に進んでいってもらいたいです。そしていち早くDMDの患者さんを完治させる方法が一刻も早く完成することを望みます。

ゲノム編集方法(まとめ)

 ゲノム編集方法 
・ ゲノム編集ツール:CRISPR/Cas9
・ ターゲット遺伝子:ジストロフィン遺伝子
・ 遺伝子導入方法:アデノ随伴ウイルス(AAV)
・ 治療方法:ジストロフィン遺伝子の一部のエクソンを切り出すことにより、機能する改変ジストロフィン遺伝子の構築をはかる
・ 免疫反応:導入したCas9タンパク質に対する免疫原性は検出された → 2日齢のマウスに静脈内投与を行った場合は免疫反応は検出されず

 

 

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