白血病で抗がん剤が効かない場合の新しい手法: L-ASP+GSK阻害剤 (2019年最新論文)

ニュース/レビュー

白血病の新たな治療法がボストン小児病院から発表されましたのでご報告します。

ボストン小児病院のチームがCancer Cell 誌に論文を発表し その研究レビューをプレスリリース(英文)しました。
今回は、それを翻訳したものをここでご紹介します。

ニュースタイトル「薬剤耐性の謎を探る:白血病の最も困難な症例に新たな希望」

アレハンドロ・グティエレス医学博士(Alejandro Gutierrez, MD), Credit = Michael Goderre / Boston Children’S Hospital


アレハンドロ・グティエレス(Alejandro Gutierrez)医学博士が彼のフェローシップ時代に、ボストン小児病院(Boston Children’s Hospital)で、白血病の治療を施した3人の子供たちが、その後10年以上を経て未だに彼の悩みの種になっています。15歳の少年1人は、彼が与えた薬の毒性で死亡しました。他の2人の患者にはあらゆる治療が施されましたが、白血病が再発して為す術もなく死亡しました。グティエレス氏は、「それが現状に深刻な欲求不満をもたらした」と語った。「それ以来、私が研究室でやったことすべてがやる気を起こさせました」

グティエレ博士は現在、血液内科/腫瘍学部門の研究者であって、白血病治療が患者によって治癒したりしなかったりする理由を解明すべくそれを使命としています。そして、今日のがん細胞問題に於いては、彼と15人の仲間たちからは医療の最前線に於ける2つの重要な進歩が報告されています;即ち、彼らは細胞が薬剤に耐性となる仕組みに光を当て、2種類の薬の組み合わせ使用によってその耐性を克服する方法を明らかにして説明、子供と成人数千の白血病患者に希望をもたらしています。

血液のがん

米国国立がん研究所および白血病リンパ腫協会によると、白血病の5年生存率(診断日から)は過去60年間で4倍になりました。 薬剤耐性を克服することは、残りの患者を治療するための鍵です。

小児と十代の若者たちのがんで最も一般的な形態である白血病は、血液および骨髄に影響を及ぼすものですが、そこはほとんどの血液細胞が作られる場所なのです。さまざまな方法でさまざまな血液細胞に影響を与える、さまざまな種類の白血病がありますが、それらはすべて急速な細胞増殖をもたらす遺伝的変異から始まります。白血病細胞が増殖するにつれて、それらは正常な細胞を密集させ、それらが体内でのそれらの役割を果たすことを妨げる。治療が成功しない限り、白血病は貧血、重度の疲労、免疫システムの障害、そして最終的には死に至る可能性があります。

ここ数十年で白血病の治療は着実に進歩しています。今日、全患者の約64% - そして子供では約80% - が、診断後5年以上経過して生存しています。しかし、一部の患者に於いては治療に単純にはうまく反応していません。

グティエレス氏は、「これらの患者に対する私たちのアプローチは、治療の強度を高めることでした。私たちは基本的に子供たちを死の危機にさらしてから回復させます」として、「そのアプローチに私たちは長い道のりを辿りましたが、私たちは今目標に達しているとつくづく思っています。」

米国国立がん研究所および白血病リンパ腫協会によると、白血病の5年生存率(診断日から)は過去60年間で4倍になりました。 薬剤耐性を克服することは、残りの患者を治療するための鍵です。(GRAPHIC: PATRICK BIBBINS / BOSTON CHILDREN’S HOSPITAL)

薬剤耐性の謎を解明する

その目標を超えるには、白血病の子供の約20%、そして大人の50%以上に起こる薬剤耐性の謎を解明することが必要になります。それは白血病が未だに死に至る病である最大の理由なのです。

抗生物質に対する微生物耐性のよく知られている問題と同様に、白血病薬耐性は作用における進化です。患者が治療を始めると、薬はしばしば白血病細胞の大部分を殺します。しかし偶然にも、少数の細胞は、それらを薬物に対して不透過性にする遺伝子変異を有する可能性があります。「適者生存」の自然選択のため、これらの耐性細胞は増殖し、脆弱な同胞を置き換え、最終的にその患者に薬を無効なものにします。

いくつかのケースでは、すべての白血病細胞がすでに耐性遺伝子を備えているので、耐性は1日目から明らかです。グティエレス博士は、「これらケースにおいては非常に劇的なものがあります」として、「そのケースでは、治療に対する反応は全くありません。」と述べています。

今までのところ、これが分子レベルでどのように起こるかは、依然として謎です。どのような具体的な遺伝的変化が白血病細胞に対する耐性をもたらすのでしょうか、そしてそれらの変化はどのようにして薬を無視することを可能にするのでしょうか? これを理解すべく、グティエレス博士とその仲間たちは、主要な小児白血病治療法の1つであるアスパラギナーゼと呼ばれる薬と、およびその薬のアスパラギンと呼ばれるアミノ酸への影響の研究に焦点を当てました。

アスパラガスとアミノ酸

アスパラギン(アスパラガスジュースから最初に単離される)は、人間の細胞が生命活動のほとんどに関わるタンパク質を構築するための構成要素として使用される20のアミノ酸のうちの1つです。特定のアミノ酸は完全に食物から吸収されますが、アスパラギンは通常の健康な細胞が他の分子から生成できるものです。しかし理由は良く分かっていませんが、白血病細胞は通常これをすることができません。(つまり通常の細胞はアスパラギンを自分で作れるが白血病細胞は作れない。)この細胞は血流からアスパラギンを吸収しなければなりません。

そこでアスパラギナーゼの出番です。天然の酵素で、それは血流中のアスパラギンを分解します。(つまり白血病細胞は血液中からくるアスパラギンをアスパラギナーゼの作用のため利用できないので死ぬ。)ほとんどの白血病細胞は、この重要なアミノ酸を奪われて死にますが、正常な細胞はほとんど影響を受けません。このため、過去40年間にアスパラギナーゼは白血病治療薬としての使用が増えています。

それでもどういうわけか、グティエレス博士の小児患者の約20パーセントで、白血病細胞はアスパラギナーゼ治療をしても生き残っています。その仕組みはどうなっているのでしょうか?

耐性遺伝子のための探索

遺伝子編集ツール:CRISPR-Cas9 (出典:Wikimedia Commons, Link )


グティエレス博士はそれを見つけるべく、ボストン小児病院(Boston Children’s Hospital)やブロード研究所(Broad Institute)、そしてダナファーバーがん研究所(Dana-Farber Cancer Institute)の共同研究者たちの助けを借りて野心的な研究に着手しました。この研究論文の主幹は、ドイツのハノーバー医科大学(Hannover Medical School)の客員研究員であるローラ・ハインツ女史(Laura Hinze)です。ハインツ女史は2017年秋にボストン小児病院にやってきて、数ヵ月間のみ滞在しました。彼女は「しかし、プロジェクトは非常にうまくいったので、それを継続して完成させることが理にかなっていると判断しました」と言います。

グティエレス – ハインツチームは、アスパラギナーゼに耐性のあるヒト白血病細胞のグループにCRISPRとして知られる遺伝子編集技術を適用しました。彼らはすべての細胞の遺伝子を一つずつノックアウトしました。次に、彼らは遺伝子改変細胞をテストして、どの細胞が薬物に感受性があるか(死ぬか)を調べました。このようにして、彼らは耐性の原因となる遺伝子を同定したのです。

彼らが発見したのは、薬剤耐性白血病細胞が細胞内のタンパク質を共食いすることによって血流中のアスパラギンの欠乏を克服し、それらを分解してこの1つの希少アミノ酸を解放するということです。

食物の不足時に引き出して養分となる脂肪を蓄積するラクダのこぶのように、白血病細胞は「飢えてより多くのビルディングブロックが必要な場合」タップするリソースとして自分自身のタンパク質を蓄積します。グティエレス博士は、「白血病細胞はがんの治療から生き残るためにアスパラギンを収穫しているのです。」と述べています。

早朝、深夜に140匹のマウス

ローラ・ハインツ女史(Laura Hinze) (PHOTO: MICHAEL GODERRE / BOSTON CHILDREN’S HOSPITAL)


このプロセスのキーは、GSK3と呼ばれる酵素です。これは、キーとなるシグナル伝達経路を通じて細胞内のタンパク質の分解を制御します。これを知ったグティエレスとヒンズは「この経路を狙うことができれば、正常細胞に与える影響を最小限に抑えながら白血病細胞を殺すことができる」と考えたのです。

この理論を検証するために彼らは、GSK3の機能を阻害する薬剤を開発したブロード研究所(Broad Institute)のフローレンスワグナー博士(Florence Wagner)およびダナファーバーがん研究所の所長、キンバリーステグメイアー博士(Kimberly Stegmaier)に注目しました。

このGSK3阻害剤を手にしたハインツは、140匹のマウスに薬剤耐性白血病細胞を注射してから、1日2回、12日間、異なる薬剤でそれらを治療しました。「彼女は早朝から夜遅くまでこれらのマウスの治療に費やしたものです」とグティエレス博士は言っています。

ハインツはマウスを4つのグループに分けました。第1グループには治療せず、第2グループにはアスパラギナーゼをのみを、第3グループにはGSK3阻害剤のみを、第4グループにはアスパラギナーゼとGSK3阻害剤の両方を与えました。

その結果は驚くべきものでした。最初の3つのグループのマウスはすべて、治療が完了した直後(場合によってはその前)に死亡しました。しかし、2つの薬を一緒に与えられたマウスは、4倍の長さで生存しました ― そして、この治療が続けば更に長生きするかもしれません。

1要因よりも2要因

イメージ画像(出典:Ranys TuunainenによるPixabayからの画像)


グティエレス博士はこの実験をどちらでも単独では達成できない2つの要因がもたらすこの劇的な例を称して―科学者たちが言う「総合的致死率(”synthetic lethality”)」現象と呼んでいます。

グティエレス博士は、「アスパラギナーゼ単独では耐性細胞に対して何もしないし、同様に、GSK3阻害剤単独でもそれらに対して何もしない」として、「しかし、それらを一緒に入れた時にその(白血病)細胞は死んだのです」と述べています。

同様に重要なことに、2つの薬物療法はマウスの正常細胞にはほとんど影響がなく、治療法として十分に許容されることを示唆しています。

グティエレス博士は今でも週に約1日を患者の治療に費やしていますが、この2剤アプローチを試すことを切望しています。人間用のGSK3阻害剤が入手可能になり次第、臨床試験を開始する予定です。いくつかの製薬会社はすでにそのような薬を開発しています、しかしグティエレス博士は試験がいつ始まるかについては何も述べていません。彼は、「それは予測が難しく、完全に私たちのコントロール外です」としながら、「しかし、うまく行けば近い将来に・・・」と述べています。

より広範な影響

イメージ画像(出典:Sasin TipchaiによるPixabayからの画像)


グティエレス博士は、この発見がDana-Farber / Boston Children’sに白血病で来た子供たちのアスパラギナーゼ耐性を低下させることを願っています。それ以上に、彼のチームのアプローチは他の研究者が他の白血病薬への耐性の原因を探すよう促し、それぞれの新しい発見が現在の治療では助けられない患者の生存率を改善すると信じています。

この発見はまた、現在の治療法によって治癒している白血病患者に毒性の少ない代替法を提供するかもしれません。いくつかの白血病治療薬は数十年後に深刻な副作用を持つ可能性があるのでそれは重要です。

グティエレス氏はまた、「このようなことを全部乗り越えれば、白血病は治癒し、それから5年、10年、20年後には心不全などの遅発性の症状 ― 例えば心臓疾患、が現れることがあります」として、「ですので治療されている患者さんのために、実際にこれが標準的な治療のある種の最も有害な要素に取って代わることができることを私は望みます」と述べています。

最後に、グティエレス氏は、2剤併用療法が白血病細胞を非常に強く攻撃する一方で、正常細胞を温存する理由をチームが完全には理解していないと述べています。彼は「私たちは実際にそのクエッションに非常に興味があります」として「そして、それが理解できれば、このアプローチが白血病に関連する他の多くの種類のがんに広く役立つ可能性が高いと思われます」と述べています。

引用ニュース & 原著論文

🔵 英語ニュース:Probing the mystery of drug resistance: New hope for leukemia’s toughest casesChildren’s Hospital Boston – Vector

🔵 原著論文: Synthetic Lethality of Wnt Pathway Activation and Asparaginase in Drug-Resistant Acute Leukemias.
Cancer Cell. 2019 Apr 15;35(4):664-676.e7. doi: 10.1016/j.ccell.2019.03.004.
Hinze L, Pfirrmann M, ・・・ Stegmaier K, Gutierrez A.

Seigoの追記

GSK3グリコーゲンシンターゼキナーゼ3)はセリン/トレオニンプロテインキナーゼの一種で、幹細胞の維持やアポトーシス、グリコーゲンの産生などに関わる多くのシグナル経路の一部です。

これらの経路の中にはヒトの疾患との関連が示されたものもあり、GSK3阻害剤は、糖尿病やアルツハイマー病に対する治療薬になると考えられていました(nature, 2008)。

GSK-3はがん遺伝子であるMLL(mixed-lineage leukaemia; 混合系統白血病)に起因する白血病の独特な遺伝的サブタイプに関わっていて、MLL白血病のマウスモデルでGSK3阻害剤を使用するとがんの進行が抑制されることが11年前から分かっていたので、GSK3阻害剤が白血病治療薬として期待されていました。

今回の発表のようにアスパラギナーゼで効果がない患者さんを、ヒト型GSK3阻害剤の併用で効果があればすごい朗報ですね。

今回のボストン小児病院の研究レビューは薬剤耐性の白血病細胞のことや研究の進め方が詳しく書かれているので勉強になりました。

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