渋沢栄一が手がけた有名な会社とは? サッポロビールの会社経営にも携わる

ニュース/レビュー

渋沢栄一という人物をご存知でしょうか?最近ニュースやネット等で取り上げられている人ですよね。

2024年に政府が新しく紙幣を発行する際に1万円札が福澤諭吉から渋沢栄一に変わります。

福澤諭吉は歴史の教科書に載る程の有名人なので皆さんも分かりますが、渋沢栄一が何をしたのかは知らない人も多いのでは?

実は有名な会社を設立し、日本の経済発展に貢献した偉大な人物なのです。

ここでは渋沢栄一がどんな人物なのか、どんな会社を設立してきたのかを紹介していきます。

渋沢栄一の人物像

渋沢栄一像(出典:by fuku41/写真AC)

パリ万博使節団としてフランス

渋沢は元々は徳川慶喜、当時の将軍に遣える幕臣でした。その頃にフランスへパリ万博使節団として渡っており、産業やフランスの制度等を学んできています。

そのフランスに渡っている最中に徳川幕府が終わり、新しく明治政府が誕生。

明治政府が誕生した後に帰国しています。

帰国後は遣えていた徳川家と共に静岡に移住しています。

初の株式会社「商法会所」を設立

移住してからはフランスで得た知識を使い「商法会所」を設立

これは日本で初の株式会社と言われています。この事が当時の日本政府の目にとまり、役人に説得され明治政府へと出向くようになったのです。

その明治政府で新しい制度を導入したりと国の為に尽力。

しかし、その頃政府は軍備増強に力を入れており、それが渋沢の考えと違ってきた為、あっさりと官僚を辞めてしまいます。

それからは実業家へと転身し、生涯500以上の会社設立に関わっていきます。

手がけた有名な会社は?

写真はイメージです(出典:by Green Planet/写真AC)

第一国立銀行

第一国立銀行?聞いた事がないでしょうが、これは現在のみずほ銀行の事です。

厳密にいうと第一国立銀行の前身が第一勧業銀行で、富士銀行、日本興行銀行が統合し現在のみずほ銀行になりました。

みずほ銀行は日本の中でもトップクラスに位置づけられる銀行になっていますので、それを創業した渋沢も凄い人物という事が分かると思います。

また大手の銀行だけでなく、地方銀行の設立にも尽力されています。

サッポロビール

いわずとしれた日本を代表するビール会社です。

サッポロビールは渋沢が会社として設立したわけではありません。

明治になり海外から輸入されるビールを日本でも作ろうと、外国人技師を招いて開拓使麦酒酒造所として設立。

その後渋沢栄一らが経営に参加し、民間の札幌麦酒会社と名前を変えています。これがサッポロビールの前身です。

設立はしてないものの、渋沢が参加した事で経営が伸び、今では有数のビール会社にまで成長していますね。

鉄道会社

JRのイメージ画像(出典:Kaz OkudaによるPixabayからの画像)


渋沢は鉄道会社も設立しています。

しかも1つや2つではなく、関東~東北にかけて広い範囲で設立しています。

日本鉄道という会社で、現在のJR東日本の東北本線常磐線高崎線と、現在も利用されている路線を作っています。

何故鉄道会社を作ったのかというと、その当時から電車がこれからの日本に必要になる移動手段と考え、これにより物流のスピードを上げ日本全体の景気を良くしようと考えていたようです。

⭐️ ⭐️ ⭐️

その他にも東京電力、王子製紙、東洋紡績などなどここでは書ききれない程多くの有名な会社設立や相談役として活躍してきました。

会社設立以外でも貢献していた

大学のイメージ(出典:by とちぎ/写真AC)


実業家として名を知られている渋沢ですが、実業家を引退した後は教育にも尽力しており、日本女子大学の設立を支援し校長も務めていました。

当時は女子教育に力を入れる人が少なくそれを推し進めてきた一人でもあります。

その他にも社会事業にも尽力。教育や社会事業だけでも実に600を超える事業に携わっていたのです。

まとめ

これだけでも渋沢がいかに凄い事か分かると思います。

2024年からは紙幣の新しい顔、しいては日本の新しい顔になるのですから、日本人として人物像を知っておいた方がいいですね。

関連書籍



(書籍の画像をクリック/タップするとAmazonの商品ページへジャンプします)

 

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。