ウォズニアックがコンピュータ(ハードとソフト)を独自で作り完成させていたがHP社は彼をコンピュータ部門に配属しなかった《1976年》

ビンテージ・コンピュータ

スティーブ・ウォズニアックはヒューレット・パッカード(HP)社で電卓ばかり作ってる社員だった頃、ほぼ完成したApple IIをエンジニア仲間に見せました。

いろんな色が渦巻くグラフィックスなんかのデモをすると、みんな

「こんな製品は見た事ない」

と賞賛してくれたそうです。

ある日彼上司から電卓部門に新規プロジェクトの設置が許可されたという話を聞きました。マイクロプロセッサーとD-RAM, 小さなスクリーン、キーボードのついた小型のデスクトップマシンを作るプロジェクトだったそうです。BASIC を書くだけで5人が割り当てられたと聞きました。

 ウォズは大変不愉快になりました。なぜなら彼はApple-I、そしてApple IIを自作していたのにプロジェクトに起用されなかったからです。

 そこではプロジェクト・マネージャーに話に行きました

「このプロジェクトでやるくらいの事はすでにApple-IApple IIで全部やっちゃってたけど、ここでコンピュータの仕事ができるなら何でもするよ。しょーもないプリンターインターフェース・エンジニアでもいいから。僕の一生の夢はコンピュータです。電卓じゃないんです」

とウォズは頼みました

 しかし彼の願いは聞いてもらえませんでした。コンピューター・プロジェクトにいっさい彼を関わらせませんでした

 そしてウォズは言いました。

「僕をコンピュータ・プロジェクトに参加させなかったのは、HP社の大きな問題だった。僕に想像できるのは、このコンピュータ・プロジェクトのマネージャーの中におびえた人がいたんじゃないかって事くらいだ。僕はもうコンピュータ全部を作り上げちゃったわけだからね。」


Seigo の意見

ウォズはハードウェアだけでなく、オペレーティングシステムも高級言語(BASIC)そしてゲームまでも作ってしまっていました。一人で何役もこなして完成レベルまでもっていくことができるのはある意味「天才」でしょう。

きっとHP社のマネージャーは有名大学の大学院を出ている人たちなのでしょう。

ウォズのような大学もろくに出ていない人がコンピュータを作ったといっても半信半疑だろうし、実際にその能力を認めたとしてもいきなり上司に抜擢するのはマネージャたちは責任を持てなかったのでしょう。

今でもそうでしょうが、優秀な存在が出てきたとき「一般的な会社」ではフォローして評価するシステムはほとんどないのです。

天才は会社を出て新しい会社を作るしかないのでしょう。

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